第829回「心を満たすもの」
神様への賛美は人間の声だけではなく、さまざまな楽器を用いてなされるべきことが書かれています。
もう35年くらい前、日本の教会の中で賛美をするときに、ギターを用いてよいかどうかという議論が盛んになされたことがありました。今は比較的多くの教会がギターの使用を容認しているようですが、そこまでの歴史にはずいぶん多くの若者がつまづき倒れて来たようにも思いす。
楽器で賛美するという表現を使うとき、やはりある程度の技術は求められるかもしれませんね。個人での賛美であれば、まったくそれは自由ですが、教会での礼拝と言うことになると、ある程度の技術がないと、かえって礼拝を妨げることにも なるかもしれません。
同時に、技術があっても心がそこに伴わなければ、意味がありません。ようするに、礼拝での賛美や奏楽は技術を磨き向上を期待しながら、心も純粋に保ち、心から神様への賛美を喜ぶ姿勢が求められているようです。
賛美する楽しみをご存知ですか?感謝の気持ちで心がいっぱいになり、思わず賛美歌が口からでてくるというようなことを経験したことがありますか?歌いましょう。新しい歌も古い歌も、歌詞を味わいながら歌いたいですね。
パウロはこう書きました。
「キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩篇bと賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。そして、何を話すにせよ、行うにせよ、すべてを主イエスの名によって行い、イエスによって、父である神に感謝しなさい。」
コロサイ3:16-17
神様からの祝福があふれますように。 |