鈴木雪夫、ロシアへ行く
第11回「ペテルブルグ、4日目」
編集 作ったけど、ロシアではまだ歌ってくれてないということですか。

鈴木

ロシアでは
なかなか演奏してくれない。
そのCD-ROMを聞かせてもらったら、
そんなに難しい曲じゃなかったけど、
下のこの音が必要なんだ、って。

編集 晩祷にも
パートとしてオクタビストってのが、
あるんでしょ。
それがロシアの音楽の特徴ですか?
鈴木 ロシアの教会の中には、
一切の楽器がないんだよ。
パイプオルガンさえない。
そうなるとアカペラしか
出来なくなるから、
合唱団の中に
オルガンのペダルトーンのような音を
作りたかったんだね。
楽器がないから、
声でそういう音を
要求してきたんだと思う。
オルガンのペダルトーンのように低い音は、
音程がとれない。
空気のような音が
「ボー」っとするだけで、
どの音程かなって感じ。
その音にオクターブ上の音を
出すことによって、
下の音がちゃんと鳴ってくる。
普通のバスの人がいて、
そのオクターブ下を歌うと、
重なり合ってちょうどよくなる。
そういう音域を出す人が
ソビエト時代には結構いた。
編集 今はあんまりいないんですかね。
鈴木 いないって言われました。
そういう人はソビエト時代、
それこそ年金で食べていけてたんです。
国の保証が全部ついてた。
芸術功労賞という
肩書きがもらえて、
それは終身年金なんですよ。
編集 国がなくなったら
みんな働かざるを
得なくなったんですかねえ。
鈴木

そう、そう。
昔日本にも2、3回
来たことがあるけど、
ソビエト時代の最高の合唱団で
アカデミーロシアってのがあって、
そこに2人オクタビストがいたんですよ。
おじいちゃんだったけど。
その人たちは、
他の人が延々と歌ってるのに
なんにもやんない。
そして最後に超低音の場面が来て、
「あ----」って出すわけ。
その音域は僕らから言っても
とりずらいような音。
昔はどうやってそんな音を出すのか
わからなかってけど、
ちょっとのどを鳴らすんだよね。
その合唱団はソビエト時代に
晩祷を録音してるんですよ。
ソビエト時代は宗教禁止の状態で、
教会はつぶされるし
教会音楽も一切禁止だった。
その合唱団の指揮者が
ラフマニノフの晩祷を見つけて、
ともかくこれは録音したい
と思ったんだけど、
見つかるとどんな弾圧を
受けるかわからない。
だから練習もせずに
録ったみたいなんだよ。
もちろんソビエトでは
発売しなかったんだけど、
西側で発見されて
センセーショナルだった。
こんな合唱曲があったのかってね。
それは伝説になってる。

編集 聞きました?
鈴木

聞きましたよ。
男性の響きがねえ、
オルガンですよ。
なんでこんな音がするんだろう
って感じです。
音が切れない。
ただひたすら「ボー、ボー」
でもソビエトが崩壊して、
その人たちはみんな
散り散りになってしまった。
シュベリドフの甥が言うには、
そういうオクタビストは
各合唱団にひとりずつはいたんだけど、
今はいないそうです。
ロシアの小さなアンサンブルが
日本にくることがあるけど、
やっぱりいませんね。
だから僕に「やってくれませんか?」
って言ってくるんだろうけど。

編集 考えてみたらすごい話ですねえ、
そんな楽譜までもらってきて。
鈴木

まあ、ロシア人にも
ちゃんとオクタビストとして
聞こえたんでしょうね。
行く前から、もうそれだけが心配だった。
透析のこともあったけど、
それプラス俺の声って
ロシア人の耳にオクタビストとして
聞こえるのかなってのが。

編集 そうですねえ、本場でねえ。
でも、「お前は本物だ」と。
チェチェン人にも見えるし。
鈴木 そうだね。
エカテリーナ宮殿のレストラン。今回は食べ物の写 真、多し。
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