私たちの生活

はじめまして。私、ユミコと申します。家族はダニエルという名の夫が一 人。
平穏無事に暮らしたいはずなのに、私たちの生活、何故か波乱含みでドタバタしています。極めつけはつい最近の事、ダニエルが糖尿病と診断されてしまったのです。まだ、三十代半ばの若さです。いったいこれからどうなるのでしょう?
第3話
実はかねてより、ダニエルの健康診断の結果報告書には
『血糖値が高め』 『糖尿病の疑い』『要精密検査』と書かれていた。
ところが無知とは恐ろしいもので、その頃私たちはタカをくくっていた。
実際にそこに書かれている 数値がどのくらいヤバイものなのか、
なんて素人にはよくわからない。
「疑い」という言葉がどのくらい緊急を要する事態なのか、
今ひとつピンと来な い。
そもそも、この病気がどれほど恐ろしい病気であるか、
その認識すらいい加減であった。

「医者に行かなきゃねー」と、頭では分かっていたのだ。
けれど、そうじゃなくても日々の生活には色んな事が起こるもの。
人生は忙しい。
別にのんきに暮らしていたつもりもなかったが、
あの警鐘はすでに雑事の中に埋もれつつあった。

相変わらずダニエルはプシュ!といい音をさせては
炭酸飲料の缶を開けて いる。
どう見ても自覚のある人間がする事とは思えない。
馴れというのは恐ろしいもので、もともと甘い飲み物を
まったくと言ってよいほど摂らない私、
結婚当初は彼の炭酸飲料の消費量の多さに驚いていたが、
二年もたつとそれは日常の風景としてすっかり馴染んでいた。

また、仕事の関係で夕食を一緒に食べる日がとても少ない私たち。
私はふだんの彼が何を食べているのか、ほとんど把握していない。

加えて、家から車で20〜30分走った所に
アメリカン・スタイルの大型 スーパーマーケットができた事もまずかった。
安くて量が多い!いかにもアメリカで売ってそうな加工食品の数々。
便利だし、なかなかの味!
今までの彼は、それらアメリカン・ブランドの食料品を、
輸入品を扱う高級スーパーで買い込んでは、
「エンゲル係数高過ぎ!」と私に叱られていたのだ。
これからは、家計を気にせず食べたいものを食べられる。
またそれは、料理が苦手な私にとっても、まさに助けであった。
クリエイティブな食生活とはお世 辞にも言えないが、
まぁ、手抜きできる所は手抜きして・・・。
私たちは嬉々として毎週そのスーパーマーケットへ通った。

そんな日々が続いていたある時、「糖尿病」という言葉が何故だかふいに、
私の意識の中に再び浮かび上がって来た。

引き出しから、以前の健康診断の紙をもう一度出してまじまじと眺めた。
改めて見ると、何だかドキドキする。

「もしかして、これは、もっと早く対処すべきだったのでは・・・。」

不安がじわじわと押し寄せて来た。

世のご夫人方は、こういう時どうやって自分の気持ちや
不安を伝えているのだろう?
賢い女性なら相手がリラックスした頃合いを見計らってサラッと
「ね、私、心配だわ。お願い、医者に行って。」などと、
優しく言うのであろうか?

最近テレビで良く見る水虫のCMにこんなのがある
(水虫の宣伝、という のも変なハナシですね。
でも何の宣伝だったかは全く思い出せません!)。
娘が父親に向かって水虫の恐ろしさを切々と説いている。
そして、今はいい薬もあるし、病院へ行ってくれと懇願するのである。
すると父親はいきなり
「なぜ、そんなに詳しい、そして、優しい、さてはお前、娘じゃないな!」
とか何とか叫ぶ。
やおら娘はお面をとり、妻の顔となって一言。
「だって私が言ったって聞かないじゃない。」
そこで父親はたじたじとなって、「マ・・・ママ!」
次の場面では、笑顔の奥さんに連れられて
医者の門をくぐる夫婦の映像が続 くのである・・・。

私、このCMがとっても好きなのだが、
私にはこんな芸当、逆立ちしたってできない。
もう直球勝負あるのみである。

糖尿病の疑いと言われているのは私ではなくダニエルの方なのに、
私は自分の不安を当事者である彼にそのままぶつけてしまう。
それは、ある時には炭酸飲料プシュ!
をやめない彼に対する怒りともなって表れるのだった。
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