私たちの生活

第6話

「あぁ、入院かぁ、医療保険に入れとくんだったなぁ・・・。」
ダニエルには申し訳ないけど、まったく、人間って
こんな時に妙な考えが 浮かぶものである。
とは言いながらも、病院のロビーで診察を待ちながら
あれこれ考えるうち、気がつけば涙目になっている私であった。
何故だか彼を責めたい気持ちも沸々と湧いて来る。
「だから、あれほどペプシをやめて、と言ったじゃないの・・・。」
でも、横を見れば、彼もすっかりめげている。
そうなのだ、一番分かってい るのは彼自身。
今は仲間割れしている時ではなかった。

気を取り直していざ、診察室へ。
若いながらも権威を漂わせた先生は、
紹介状に目を通すと奥で何やら相談し、
今すぐ入院手続きをとるようにと言った。

が、ここでもまた、ダニエルは抵抗した。
無理もない。特別身体の具合が悪かったわけでもなく、
検査を受けるつもりでクリニックへ行っただけな のに、
病院へ送られいきなり入院!である。
仕事も、何の根回しもしていな い。
入院なんてできない、と頑固に言い張った。

「そんな事を言って、これで外を出歩いていきなり倒れても、
こっちは責任 が持てませんよ!」先生もだんだん語気が荒くなる。

血糖値が高い状態が続くと、意識が濁って
昏倒を起こす事もあるのだそう。
つまり、彼にはその危険性があると言う事だ。
尿検査の結果がそれを示 唆していた。
これは何としても入院してもらわなければ。

「先生、英語で彼に話してみていただけませんか?」
「え、いや・・・、私も細かいニュアンスまでは
ちょっと英語で は・・・。」 急に弱腰になる先生である。

仕方なく、私はてきとーな英語を駆使して精いっぱい彼を脅した。
「自分がやばい状況にいるってわかってるの?
いつ倒れてもおかしくないってよ。仕事は何とかなるでしょ!!」
・・・まぁ、こんな事を言いたかったのであるが、
とにかく私の切羽詰まった声の調子と表情から伝わったようである。
とうとう彼は入院する事に同意 した。

レントゲン、心電図など一通りの検査を終えて、病室へ。
しばらくすると先ほどの先生が
入院中の治療内容などを書いた紙を持ってやって来た。
素直 に入院したためか、先生もずっと穏やかになっている。

「今日は一日、点滴とインスリン投与と薬で、
血糖値を下げるようにしま す。入院中は食事毎に血糖値を測って
それによってインスリンの量を調節します。
血糖値が落ち着いたら外出許可を出しますので、
ここから仕事に行く事も可能ですよ。
血糖値次第ですが、一応今は10日間の入院を予定してい ます。
糖尿病は、一生つき合わなくてはならない病気です。
ペプシやジュー ス、甘いものはこれからはもうダメですよ。
しっかり勉強して病気をコント ロールして行きましょう。


ダニエルも神妙にいちいち頷いている。
とりあえずは、やれやれだ。

あっと言う間にベッドの上の人となり、
とってもしょんぼりしている彼を残し、私もがっくりと肩を落として
病院を後にしたのだった。
何だか背負いきれない重い荷物を負わされたような、
どんよりした気持ちだった。 --

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