そのときのはなし

人はここぞという場面に遭遇すると他人からみたらものすごい滑稽な行動をとっている事が多い。だからドラマなんかでよく見るようなシリアスなシーンは本当はあまりないのがホントのところ。悲しい時でも必死だと、不思議な奇怪な行動をとっていることもある。 それはそこからの逃避なのかもしれないし、受け止めきれないのかもしれない。そんな人の滑稽な様を演じられるようになりたいとおもいつつ・・・。
第七話「死んでしまったことよりも悲しいこと」
〜大切な人との別れ〜

「葬祭ディレクター」
という資格をご存知だろうか?

今の葬儀屋さんたちは、
この資格を持つ為に
かなり勉強している。

「相続・法律・宗派・しきたり
・葬儀の歴史・なりたち・・・・」
それがこの、労働省認定の
「葬祭ディレクター」という資格だ。

この資格があなどれない。
1級と2級があるのだけど、
かなり勉強しないと受からない。

実技が3つもある上に
学科試験もあるのだ。

そして、何を隠そうこの私も、
この資格を持っている。

その勉強をしている中で
出てきた問題に、
「誰かが亡くなって、
それを早く忘れろ、
早く元気になれと励ます事は
しばし有効で ある」
というような問題。

答えは○or×?
案外みんな○だと
思っているのではないか?
だって、誰かが失恋なんかして
大切な人を失った時に、
「早く忘れなよ!早く次の人をみつけなよ!」
と言っているではないか?

けれど、
死の現場においての答えは×。

「死別の悲しみは
抑制したり、
逃げ去ったりすることではなくて、
長い時間をかけ、死を受け入れる。
それを避けたり妨げたりしてしまうと、
体調を崩したり、
精神的な疾患を引き起こす。
悲嘆の処理は、
その悲しみにある人に対し、
心に寄り添う事が大切」
というもの。

バカな話だけど、
私も昔失恋した時に、
何を隠そう相手を
「死んだ事にしよう」、
「死んだと考えよう」
なんて思った事があ る。

だって、辛いのだから
一日でも早く忘れたい。
死んでしまったと考えたら
いろいろ考えないですむって
あまりにも安易で
馬鹿げた考えからだった。

だけど、
そんな事は到底無理な話で、
早く忘れようと気持ちを抑制したり、
逃げ去ることで
結局自分の首を絞め、
余計辛くなったりするものだ。

人の死も、失恋も、
誰かを失った事に変わりない。
ならば、
大切に思っていた人の事を心に刻んで
時間をかけて
心の底に大切にしまえば、
きっと次の恋や
生活に進めるというもの。

何事も、一休さんのごとく
「慌てない、慌てない、
一休み、一休み・・・・・」

大切な人を失った友人がいたら、
側に居て黙って話を聞いてあげる。
その人の心に寄り添ってあげる。
時間をかけて、
その人は大切だった人との別れを受け入れる。

だから、
「忘れようとする必要」など
ないのだそうだ。
それでは根本が間違ってしまう。
本当に悲しいのは、
誰かを失った時に
「思い出もなにもかも、
早く消し去って忘れようとする気持ち」
かもしれない。

ましてや生きている人を
死んだ事にする考えなんて、
なんてアサハカだったんだろう。

その人と過ごした時間は
間違えなく楽しかったのだから、
なにも忘れる事はない。
それを胸にしまえばいいのではないか?

キザに言えば、
『思い出のアルバムにしまう』
とでも言うのか?

大切な人が死んでしまったら、
もう会ったり触れたりする事は出来ない。

けれど心は
気持ち一つで、いつでも通わせられる。

生きている間の別れは、
相手を架空に死人にするのではなくて、
いい思い出として、
心の底にしまう。

そして、古いしきたりの中には、
『魂呼び』と言って、
『人が死んだと思われた時に、
すぐにその人の家の屋根に登って、
または枕元で、
または井戸や海に向って
その人の名前を呼ぶ』
というものもあっ た。

「えー、うそー」
と思ったが、
昔は身体から遊離していく
霊魂を呼び戻すということで、
蘇生を願ったりする
という事を信じられていたかららしい。

大切な人を失うという、
とてつもなく残念な事がおきたら、
その時は、早く忘れるのではなくて、
時が経つのを待ちながら、
楽しかった事を
「思い出アルバム」にしまって、
表出することによって
癒されていくのだそうだ。

大切な人の死は、
衝撃・悲しみ・心の痛みをもたらし、
死の事実を受け入れるのには、
しばし長い時間を要し、
葛藤を伴う。

生きていても、死んでしまっても、
大切な人との別れは同じ様に辛い。

「本当に必要で大切な人とは
必ずまためぐりあえる」
のだそうだ。

死を受け入れようとしている人や、
失恋してしまった人に、
「早く忘れなよ」と言ってはいけない。

人は人生の中で、
沢山の出会いと別れを繰り返す。
どれもこれも、
「本当に必要で大切な人とは
必ずまためぐりあえる」なのだ。

出会いに偶然はない。
悲しい別れの痛みは、
せめて死ぬ時だけにして欲しい。

生きている間の大切な人との別れは、
それは、死んでしまった人との別れよりも
とても寂しく辛い事なのかもしれない。

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